金融資産が2億円を超え、その後も順調に増えていると感じています。ただこの直近では、爆上がりしていた金や銀の価格が下落していますので、若干減っているかもしれません。
6年前の2020年1月に立てたアーリーリタイア計画では、「2025年12月末までに2億円を貯めて、アーリーリタイアする。」というものでした。
2020年の当時は45歳だったので、5年後には会社の早期退職制度の適用年齢(50歳)にも2025年に到達する為、丁度良い目標だったかと思います。
現在に至り、本音を言うと今直ぐでもリタイアしたいのですが、家族と協議した結果、更に5年後まで持ち越しとなりました。
ただ資産は十分貯まっていますので、仕事が辛くて我慢できなければ、何時でもリタイアするつもりである事を妻に伝えています。
妻にだけは、今の資産額と配当収入(年間200~300万円)を伝えている為、リタイア後の生活については余り心配していないようです。
一方で中学生になる子供は、「仕事を辞める=収入が無くなる=生活が出来ない。」と感じているようで、仕事を続けて欲しいと今でも言ってきます。
当然子供には資産額は言っていません。中学生とは言ってもまだ子供ですし、うっかり口を滑らして、外に漏れるとは限りません。
私の投資歴
話は変わりますが、私の投資歴も約25年になりました。私が中高生だった時は、バブル絶頂期で父親が買ってくる週刊誌に様々な投資の記事があり、中高生ながらわくわくしたものです。
当時の投資と言えば、一世を風靡したNTT株だったり、和牛ビジネスだったり、と今より華やかな感じがしますね。
元々お金には強い興味があった為、「将来働き始めたら、絶対投資はしたい。」と考えていました。一方で大学生時代は理系の貧乏学生だったので、日々の生活はカツカツで貯金は殆どできませんでした。
夜間、コンビニのアルバイトをして生活費を稼ぎ、夜勤明けに大学で勉強や研究、という生活でした。今思えば、殆ど遊んでいなかったですね…。

そんな感じで何とか大学、大学院を卒業し、貯金ゼロから社会人生活を始めました。時は就職氷河期で、会社でも早朝から夜遅くまで働く日々…この時も遊ぶ暇が無かったです。
ただ、学生時代は「お金も時間もない。」生活だったのが、社会人になって「お金はあるけど(遊ぶ)時間が無い。」という生活になったので、案外幸せに感じていましたね。
運よく寮がある会社に入れましたので、平日は「会社⇔寮」の往復で、週末はネットで投資先を探す、という生活になっていました。
仕事が忙しくお金を使う暇が無かったのと、丁度リーマンショック前の株価上昇で運が良かったのか、入社して丸4年で資産が1,000万円を超えていました。
当時の年収は入社1年目で手取が200万円でした。入社後5年位は、手取は200~300万円位しかなかった事を考えると、驚異的な数字と言えるかもしれません。
リーマンショック前の2007年頃は、ビギナーにありがちな「俺って投資の天才かも?」と勘違いしていたかもしれません。
投資の失敗から学んだこと
その後、リーマンショックやコロナショックなど、色々な変節を受けて今の金融資産(2億円)に至ります。
個別株では上手くいった事も沢山ありますが、失敗した事も結構あります。特に「絶対に潰れないだろう」と考えていた、日本航空(JAL)と東京電力では痛い目にあいました。
「これからは東京一極集中が続くだろう、よって東京電力ならば絶対安心だろう。」と考えていましたが、まさかの大震災…。
日本航空の株は、一度債務整理したので紙切れになってしまいましたが、約3,000円で購入した東京電力の株式は、反省の念も込めて今でも所持しています。
何れも国内最大手の会社ですし、まさか倒産、まさかの大震災と『投資の世界は想定外の事が起きるのだな…。』と思いました。昔からよく言いますが、投資の世界では "絶対" という言葉は無いといえます。
この時の反省もあり、その後株だけでなく他の投資先も勉強して、「株式、債券、不動産のETFを定期定額で買い付ける。」という現在のスタイルに変わりました。おかげで昔の様に大きく資産が減少する事は無くなったと思います。
今でも偶に気になる企業の個別株を買う事はありますが、購入単価は100万円程度に抑えて、許容範囲内(株価がゼロになっても困らない程度)で投資…という感じです。